あなたは今、幸せではないのかも知れない
それらしく見えているだけなのかも知れない
でもそれは、生きてみての結果だから、全て潔く受け入れるしかないからね


さてと、
私にとって今のあなたは、想い出の人と同じ人物、という事実を除けばタダの他人。
私からこんなふうに言われるのは心外かしら?
気を悪くしたらごめんなさいね。
でもね、確かに想い出の人は今もこの上なく尊いけれど、そこから長くのびた影の部分は見たことないし、きっとありふれた大衆の一人に過ぎないもの。
現実に生きてる人を神格化するのはあまり好きじゃないのよ。だってバカバカしいでしょう?
もしも時代ごとあの頃に戻れるなら、私はどんなことでもするだろうけど、そんなこと、誰にもできるはずがない。
会えても会えなくてもがっかりするのは、結局それを分かっていないからなのよ。

会えなくていいのよ。一生その方がいい。
私には思い出も、想いも、この先ずっと大切にできる自信があるから。
想い出のあの人はガラスウィンドウに並ぶ夢のようなもの。
手を伸ばしたら、こちらへ引き寄せたなら、みるみる輝きを失って、なのに僅かなお釣りを受け取るしかない。そしてさっさと出口へ案内されるのよ。

 私は私の知ってるあなたが一番好きよ

それが全て。私にはそれしかないの。
だけど肝心なところがないからって慌てて頭とシッポをくっつけちゃって、みっともない嘘はつかないわ。

異なる軌道を回っているはずが、再び最接近する気がしたのは、虫の知らせだったのかも知れないな。私は敏感だから。
あなたに何かあったのかしら? お互いもう歳だものね。
でもね、あったとしても私は何も知りたくない。
生も死も、この想いとは一切関わりないことだから。
私もいずれこの土地を離れる。老いては子に従え、というでしょう?
結婚して、子どもを産み育てて、なかなか良い人生だったわ。まだ終わってないけどね。

分かってると思うけど、この世では直向きな想いの全てが報われるわけじゃない。
それでも悲しいことばかりではなかったし、私は近くに居られて嬉しかったから、キラキラ輝くあなたの言葉も仕草も何もかも、何度でも思い出せるのよ。

忘れ得ぬ日々とその人を心の奥底にどう刻むかによって、人は幸せにも不幸にもなる。

私の想い出の人は意気地なしでも卑怯でもなく、彼はやさしいだけでも嘘つきでもなかった。
後から悲しくないように、一人でも寂しくないように、もう居られないあなたは私を思い遣ってやさしさをくれたわね。
あなたにとって私は大事にするべき子ではなかったのに。

その後私もたくさん生きたけど、あなたほど温かくてやさしい人を見ることはなかった。
言っておきますが、愛する人に誰もが必死になるのは当たり前。もっと自分を好きになってもらいたいもの。
だから勘違いしないでほしいわね。そんなの、あなたとは比べ物にならないわ。
今、傍にいる人にどう思われているかは知らないけれど、いいこと? あなたのような本物は何処を探したって滅多にいやしないのよ。
ねえ、私も若かったけど、誰より見る目があったでしょう?

大事なあなたはこれからも長い幸せを平凡に生き、いつか疲れたら此処へ来て、私の欠片を見付けてほしい。
すっかり忘れていても懐かしく、ひとつひとつ思い出せるはず。昔、心地よい傍で聞いたことがある、あなた好みの文体に、どれもありったけの真心を込めておいたから。

とてもとても若かったのに、放っておけばよかったのに、なのに好きになってもらったお礼をちゃんと私に持たせてくれたから、あなたはそういう人だから、いつか私もあなたを励ましたいの。
人生は長く、いい時もそうでない時もあるからね。
そうしてまたあなたが元気になって、自分を誇らしく思えるようになればいい。


これも滅多にないことだけど、あなたにはいつだって何処か遠くにこんな人がいる。


              よう














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