けれど、どんなに魅力的な女性でも或いは男性でも、傲慢はせっかくの幸せを台無しにすると思う。魔力はいつの間にか消滅し、時の神様を目の前にして決して許されはしないのよ。
 勝手なことを言うなよって驚かないでね。これは恋愛物語ではないし、そんなの百も承知でしょうよ。私の知るあなたはケチで勝手でその上とても若かった。もちろん私も。でもね、想いを寄せる私にあなたは誠実に向き合ってくれた。だからちっぽけな少女の想い出は一生の宝物になった。あなたに届かなかった私は哀れに見えるけど、あったはずの幸せを失い彷徨える運命よりよかったと思ってる。すべてはあなたのおかげね。やさしく突き放してくれてありがとう。私はあなたにもらった思いやりを無にすることなく、しっかりと生きています。
 たぶん、どんなに強気な男性でも或いは女性でも、嫌われるより愛される方が嬉しいはずよ。生まれつきの天邪鬼も、重なる苦労に心ごと疲れ果ててしまった人でさえ。だから大事な人のために私は素直でいようと思う。そしていつか必ず叶えるね。
 遠く離れ時が経ち、これらの手紙の差出人が誰でどんな子だったか、もう思い出せなくても構わない。遠ざかるほど恋しくなる人ね。自分はこんなにも愛される存在だったんだって知ってから、あなたにはこの世を旅立ってほしいと願っているの。さあ、ここから先は私の知らない大人のあなたの運次第よ。あの少年は大事な人だと言ってくれた。価値ある素敵なもので埋め尽くされた人生にこんな欠片を落としたなんて、あなたは想像したこともないでしょうけれど、其処にまだ、暖かい陽だまりのような余白があればいつか見付けるでしょうよ。
 
 本当はね、あの世も来世もなんにもないのよ。消えてしまえば全ておしまい。この世のことはこの世に居るうちに伝えなきゃ。というわけで、もしも見付かっちゃったらごめんなさいね。どうぞ笑って下さいな。でも、怒らないで。いつかみきちゃんの役に立てること。それが十六歳の私の夢だったんだから。


              よう


 あなたが見知らぬ人より遠い存在となり、随分経ってから、ある一冊の児童書に出会いました。その本には、今は離れてしまった人へ差し出すと受け取った人も自分に会いたくなって、必ず訪ねて来てくれるという不思議な絵葉書が出てきます。ねえ、すごいでしょう! このお話を大人のあなたは知っていましたか? 
 もしもそんな絵葉書を手に入れたなら、私は真っ先にあなたへ手紙を書くでしょう。募る想いで裏も表もぎっしり。あまりの重さに郵便屋さんから追加料金を請求されてしまうかも? でもそれはあなたの方で支払って下さいね。すべてあなたのせいなのだから。「なんで俺が払うんだよ」って迷惑そうな顔して文句を言って、でも少し笑って、お財布を取りに行く愛しいあなたの姿が目に浮かびます。だけど、恋しい人が何処に住んでいるのかわからなければ、せっかくの絵葉書も何の役にも立ちませんね。この物語も魔法の絵葉書を目の前にして、懐かしいおじさんの居所を知らなかった少年の、切ない気持ちのままに閉じられています。私たちが生きるこの世界には、いったいどれくらいの届けることの出来ない想いが彷徨っているのでしょうか。 
 さてその現実の世界では、情けない未送信メールを削除して「あなたの人生は順調で後ろなんか振り向かない。だから届かなくてよかった」そう思うことが私には、唯一あなたの幸せを願う証しになるようです。あなたのことが大好きだっただけなのに、決して多くは望まなかったはずなのに、まるで島流しになった大罪人みたいでいっそ笑えて来ます。
 私がこんな想いを持ち続けていると知ったら、あなたはがっかりするでしょうね。あの時あんなに言い聞かせたのにって。懐かしさを覚えるより先に残念に思うぐらいなら、そんなくだらない昔のことはすっかり忘れていて下さい。だけど、どんな人にも今年は特別でした。ましてあなたが身を置く業界は尚更です。十二月に入り年の瀬が迫るにつれ、きっと辛い思いをしているでしょうね。だから万が一、寂しくなって悲しくなって、ふらっと見に来た時のために、今日は励ましのメッセージを残しておきます。
 なんてせっせと色々書いて、また気が付きました。あなたにはこの困難を共に乗り越えようとする仲間がいて、そばで支えてくれるご家族もいらっしゃる。私なんかにできることではなかったのに。相変わらず愚かでごめんなさいね。今も目に浮かぶあなたは私を追いかけて来て、わけを尋ねたら泣き出しそうな十六歳のままだから。あの日、辛いのは自分だったのに、言い当てたことさえ否定して私を気遣ってくれたのね。ありがとう。ありがとう。もう覚えていなくても許してあげるよ。大好きだったあなたが私のためについたやさしい嘘は、大切な想い出の中でも一番の宝物です。あなたの壊れそうな心が私のために溢れた瞬間。誰も見てない誰もいない。古い記憶が鮮明に映し出す一瞬の光景。なんてありがたいのかしら。そこで時は止まって少年が永遠に生き続ける。
 そういえば、十年ほど前にネットであなたを見つけたよ。大勢の前で堂々と講演してた。とても立派で素敵だった。何の関係もない私まで誇らしかった。上背を少しかがめるようにして聞く姿勢、変わってないね。私が話しかけた時だっていつもそうしてくれた。こんな歳になってまで本当に恥ずかしいけれど、あなたのことが大好きでした。
 内緒にしてたけどね、あなたが遠くへ行ってしまう前、私の想いをご存知だった先生に「お前自身は大したことないが、男を見る目は確かだな」ってほめられ(^^)たのよ。当時あなたはそんなに目立つ生徒ではなかったけれど、私にはちゃんとわかっていたの。それからあきらめるようにやさしく諭された。木造校舎の教室で、涙のせいで重なって見えたストーブの炎が悲しい赤だったのを覚えてる。その教えに背いたのだから、島流しは自業自得だね。とにかく、その私が保証してあげるから大丈夫! あなたは必ず立ち上がれる。

 そやけどな、直向きな情熱も、人一倍の責任感も、それに大事な家族も背負ってはるからしんどいはずや。ほんまに辛くて疲れたら、無理せんとこっちへ帰っといでな。少しだけ遊びに来て、元気になったらまた居るべき場所へ戻ったらええ。そのために故郷はあるんやから。みきちゃんが一年だけ通った学校やけど今はな、制服姿の生徒さんらがちゃりんこで通学してはるねんで。なんや昔のウチらみたいで、可愛らしいえ。


      みきちゃんの古い友


        2020 12/2 














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