親愛なるエドワード・ジョージ・アームストロング様

 あなたがいつかそれを読んだとして、ただ不愉快に感じるか、それとも懐かしく思い出そうとしてくれるかは、偏にあなたがこれまでどう生きてきたかに因ると思う。ちょっとエラそうなことを言わせてもらえば要するに、これまでの生き様で人としての幅が広がっていたら、こんなくだらない話も状況さえも笑って受け入れられるだろうということ。いいことも悪いことも、過去と向き合うのはそうカンタンなことではないんだよ。それでも、私としては果てしない想いも含めて後者を望むけれどね。ならば現在のあなたが充実し、しっかりと生きていなければならない。残念ながらそうではなくて、もしも気を悪くしただけなら謝るけど、悲しいというよりがっかりだな。あはは、丁度いいかも。百年の恋もいい加減冷めちゃえ。

 あなたは若い自分が悲観していたほど何事においても束縛されなかった。意外と、もしかしたら自分でさえ驚くほど自由に生きられたのかも知れないね。でもそうなることはね、あなたとの会話の中でずっと昔から私には分かっていたよ。もちろん自身の努力と能力と持ち合わせた運に因るものも大きいけれど、あなたを力強く導いた後は潔く手放して下さったご両親のおかげだね。そして他でもないあなたが素直に感謝していることも。窮屈に感じた少年時代も遠い遠い昔の話。今周りにいる人々は誰も知らない。あなたはいつか生まれ変わったの。とうとう私の記憶の中だけの存在となったんだ。
 分かってると思うけど、家族を背負ってからの苦労は言いっこなしだよ。私の知るあなたではないし、それは自分が望んだことだから。嘘ばっかり。たとえどんなことがあっても、私はあなたに背を向けたりしない。ずっと前にそう決めたから。何でも聞いてあげる。いつかみたいにラブレターを見せたりして自慢したって構わないんだよ。けど、気を付けないとまたバチが当たるかも知れないのは、神様はね、案外私の味方なんだよ。どうしてだと思う? 成功したのはあなたなのに信じられないよね。そんなありがたい私は此処にいて、あなたのために心から祈っているよ。あなたの人生が多くの愛と幸福で満たされ、様々な苦労を乗り越えた豊かなものでありますようにって。

 実は私はね、ずっと気になっていたんだ。あなたに二度と会えなくなった後も、あなたが思うように生きられたらいいのにってね。あれは学園祭のリハーサルだった。幕はまだ上がらない。あなたは舞台の裏にいて、巻いて立ててあったマットの上に跳び乗って、私に夢を語ったんだよ。思えば迂闊だったね。あんなことを私に話すとは。大人っぽくスーツを着熟していたくせに子どもみたいだった。そんなの、一生そばにいてほしい女性の目を見て言ったことしか記憶にないって? 当たり前だよ、それでいいんだ。例えば「大きくなったらおまわりさんになりたい!」とかね、子どもは誰にだって将来の夢を語るものでしょ。私が見たのはそんな他愛ない少年の笑顔だった。もう二度と見られない。あの時と角度こそ違っていたけれど、とうとう実現したんだ。
 よく頑張ってきたね。本当に偉かったね。私は今でもあなたのことが好きだから忘れなかった。そんなこと言われたらまた気が重くなっちゃうよね、失礼。でもね、うまく伝えられないけど、かつて友人だった私は喜んでいるんだよ。おそらく話を聞いているうちに感情移入したってゆうか、応援したくなったんだろうね。恋とは別にあの日、あなたを透して私が遙かな夢を見たんだと思う。だから見届けたかったし、役に立ちたかったのかも知れない。だけどどうしたって私には消えない想いが付き纏うから、これもまた叶わないこと。仕方がないからみんなまとめてお墓の中まで連れて行くことにするよ。違った。私、お墓は要らないの。すぐにでも飛んで行きたいところがあるから。そんなに慌てなくていいってば。今あなたが居る場所じゃないし。ねえ、こんなこと言ったら悪いけど、相変わらずかなりの自惚れ屋さんだね。
 
 とにかくあなたは稀に見る一生厭きないアーティストだったよ。これは褒め言葉ね。素直に受け取ればいい。振り返ればずっと追いかけていたわ。この先だって記憶喪失にでもならない限り忘れそうにない。これからなるならどうせ認知症だろうけど、こっちは昔のことだけはハッキリ思い出せるらしいから何も怖くないよ。あ、そう言えば覚えてるかな? お互いそろそろ医者や薬が必要な歳になっちゃったけど、あの時若いあなたがくれたのは船酔い止めの薬だった。当然恋の病なんかに効きやしない。あかんやん、噂通りのヤブ医者やったわ。
 あなたは白衣のドクターで、私は悲しき人の妻。たくましい男は儚く倒れた女をその手で救い瞳を見つめて囁いた台詞は、、、聞き取れなかった。だって私、殺されちゃったんだもん。もっとあなたと生きていたかったのに。

 続きはいつか会えたら、話してあげるね。


      エセル・ロジャース


     2021 10/28 エドさんへ  








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