今日は母の日でしたね。今年はお母様にお会いになられましたでしょうか。去年の私はあなたへこんな手紙を書きました。 
 私の母はどちらも健在で、娘であり、嫁の私はもう良い歳になったのにとてもよくしてもらっています。そしてこの私も、あの頃の私たちと同じ年頃の我が子から、ありがとうと言われる立場になりました。おかげさまで幸せに暮らしています。
 何処か遠くにおられるあなたもどうぞお元気で、そしてこれからもご両親を大切になさって下さいね。

               よう


 昼下がりには、やはり雨が降り出しました。私はあなたに手紙を書くことにします。どうやら本降りになってきました。今朝は母の通院に付き添いましたが、午前中で本当によかったです。
 雨の日はまだ少し肌寒いですから、私にとっては懐かしい、やさしい方の思い出話をしましょうか。

 日曜日は母の日でしたね。お母様にありがとうの気持ちをお伝えしましたか? コロナのせいでお目にかかるのは無理だったでしょうけど、感謝の心は届けて下さいね。雨の夜、わざわざお母様が学校まで傘を届けに来て下さったように。
 大切に育てられたあなたは、ご両親が限りなく注いで下さる愛情を、もう高校生のそれも男子なのにって、少し持て余していたようです。なのに先生ったらお母様が来られたことを人前でおっしゃったものだから、クラスのみんなに小さい子みたいだって、からかわれちゃったわね。おかげでプライドの高いあなたはとても恥ずかしい思いをしてしまいました。私は素直に羨ましかった反面、そんなあなたを少し気の毒に思っていました。恵まれた環境で育ったわりには何処となく大人びた雰囲気のあなたには、ご両親への気持ちに葛藤があるということを、秘かに知っていましたから。だからあなたの真の味方の私だけは絶対に、絶対に、笑ったりしなかったのよ。あの日お家に帰ってあなたはお母様にお礼を言ったのかしら。きっと憎まれ口が先に出たに違いありませんけど。
 そういえば別の夜、踏切のところまでお迎えにいらしたお母様と三人で帰ったこともありましたね。あの年は雪の多い冬でした。凍るような夜道を、百人一首のテストの話をしながら歩いたのよ。とても寒かったけど、あなたの美人のお母様に名前を呼ばれてなんだかちょっと、火照るように恥ずかしかったのを覚えています。もう遠い昔の娘時代の幸せな思い出です。
 しばらくして御一家が引っ越された後、あなたへ何度かお電話をかけました。もう忘れてしまったでしょうけど、あなたは私に「寂しいから電話をくれよ」って言ったのよ。当時は携帯電話などなかったし、その都度お母様が取り次いで下さいましたが、あなたが直接出てくれたらいいのにって思っていたのよ。だって恥ずかしいでしょう? しつこい子だと思われていたかも知れませんが、電話口からはいつもこちらの様子を気遣って下さって、やさしい言葉をかけて頂きました。    
 大事な息子のあなたがすっかり大人になって人の親になった代わりに、そのお母様はずいぶんお歳を召されました。今こちらでも誰もがコロナの恐怖に怯え、人びとのふれあいは制限されています。ご高齢の方にはワクチン接種の予約を取るのも大変な状況となっています。私なんかがいくら気を揉んでも仕方のないことですが、どうぞ今まで以上にご両親を大切にして差し上げて下さいね。素敵なあなたをこの世に送り出して下さったお二人ですもの。もともと心のやさしいあなたは立派になられて、現在は自らご恩返しされていることと思います。だけど、あの頃はまだちょっと生意気な子どもだったわね。
 私はそんなあなたを思い出しては今でも、たいへん愛おしく思っているのです。


   2021 5/12  雨傘の思い出

 










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