7/26(MIKI) 
 
 今日は7月26日です
 お誕生日おめでとう
 いつまでも健やかで充実した人生を

                 よう

しばらく年上の素敵なあなたへ
 
 ただ今東京オリンピックの開催中です。ラグビー、テニス、陸上、柔道。様々なスポーツの心得があるあなただから、何処かできっと、白熱する試合を真剣に応援しているのでしょうね。私はテレビを見ながら、あなたと同じ時に同じものを楽しんでいると思うと少し不思議な気分になって、遠い昔の懐かしい、幸せな日々を思い出します。

 永遠に私の心の中に住む人は、当時とても若かったのですが、真夏の眩しい太陽も焦がれるほどの愛しい笑顔と、絶え間なく降り積もっては染み入る深雪のやさしさを、独り恋する私にも分けてくれました。
 お誕生日のお祝いに、あなたよりあなたをよく知る私から、大切に抱えてきた少年の日の想い出を、伝えきれない感謝と共に贈ります。

 
 みきちゃん、              
 なんか途中で変な音が入ってるよ?

 切れたから繋いであるんだよ
 セロハンテープで上手くくっ付けたら、また使えるんだ
 再生ヘッドを通過する時、『グニュウ』って大きな音がするけどな、我慢しろ


 大好きな音楽を楽しむにも英語のリスニングを学習する時も、今では滅多にお目にかかれないカセットテープが大活躍していた時代です。あなたたちはお気に入りの曲を紹介しながら、軽快なトークをカセットテープに録音して交換していたわね。音楽好きなら必ずやったことがある、カッコいいDJの真似事です。
 そのうちの一本を、ある時お友達が私にも貸してくれました。ずっと持っていたらいいと言って私に譲ってくれたのです。もうあなたが遠くへ行ってしまうことが知れ渡り、周りのみんなが私のことを気遣ってくれていた時です。なんたって国宝級の片想いは有名でしたから。その中のあなたのトークに、私の名前や話が度々出てくるというのです。さっそく家に帰って聴いてみました。
 そこからはとりとめのない日常の話と私も好んでよく聴く曲が流れてきました。目前に迫った学校行事の話題やちょっとシリアスな精神論も混じっていたりして興味深かったし、あなたの選ぶ言葉と用いる表現をとても心地良く感じました。自分の好きな人が話しているのだから当たり前よね。あなたのことは近くても遠くても、いつも考えていたけれど、本人が語っているのを聞くと、あらためて納得したり意外な発見もあって、二時間はあっという間に過ぎました。曲がかかる前後には私の話が出てきて、私もよく知っている曲だの、これはきっと気に入るだろうなんてコメントが付いていました。同じ場所にいられたのは長い人生の内のほんの僅かな時間でしたが、あなたの目にも私が映っていて、共有するものが確かにあった幸せを実感しました。私のために吹き込まれたテープではなく、あなたのグループ間で行われていたものだったから、大好きなあなたに自分の存在を認めてもらえていたんだなと、尚更嬉しく思ったことを覚えています。
 表で鳴いているのはまこちゃんね。遮断機の音が微かに聞こえる。少し遅れて阪急電車が通過する。あの年は寒い寒い冬だった。あなたはちゃんと暖かいお部屋にいたのかしら・・・
 今は亡きゲイリー・ムーアの哀しい曲『Rest in Peace』の後、あなたは私のことが可哀想だと言ったわね。少し涙声だった。可哀想なのは愛してやれなかったから? それとも間もなくひとりぼっちになってしまうから? やさしいあなたはきっとどっちもよね。ありがとう。私はね、可哀想ではないよ。あなたがいて最高に幸せだった。私こそ勝手にこんなに好きになってしまってごめんなさいね。あなたを困らせるつもりはなかったの。だけど大好きだったから仕方がなかったの。
 あなたと一緒にお茶を飲んだり映画を見たり。それからライブにも行きたかった。若かったからそんな特別な関係に憧れたけど、それだけが恋の喜びではないと、幼い私はあなたのおかげで知ったのよ。大事なあなたが私のために心を痛めてくれた。その事実が何より尊い経験だったから、死んでも私の心はあなたから離れない。それどころか現世から解き放たれたらもっと素直になれるでしょうね。こんな私にも歩む人生があるけれど、いつか終えたら懐かしい時代とあなたがいた場所へ、必ず舞い戻ってくるわ。
 もしもだから怒らないでね。もしも順調なはずの人生が、突然あなたに冷たく背を向けたなら、その時咄嗟に縋れるものが何もなければ、私はいつでもあなたのための一すじの藁になろうと思う。許されるなら何処までもついてゆきたい、どんな形でもいいからあなたの役に立ちたいと願っていたから。だけどそんな日が来てはいけないよ。あなたは私の大切な人だから。いい時も悪い時も、あなたと長くかけがえのない時間を過ごしてくれた愛する人たちに囲まれて、時にはしなやかに、そして強く生きてね。それでこそ私のあなたは完成するの。会いたいというより遠くから見つめていたい。なのにあなたは私のためにそれすら許してくれないだろうから、いっそ姿なんか見えない方が都合がいいと思わない? 
 ねえ、なんであんなに大事なメッセージを中古の、しかも一度切れちゃってわざわざ繋いだヨレヨレのテープなんかに録音したの? そうでなくても120分テープは薄くて弱いのを、あなたも知っていたでしょうよ。レコードをダビングする時はすごく音質にこだわるくせに。いつだったかお互いに録音したものを交換した時も「俺のはお前のより上等のテープだぞ」って恩着せがましく手渡してくれたわね。いつもみたいにやさしく笑って。あなたってほんとにケチだけど、その笑顔とやさしさは惜しみなく私に与えてくれたのよ。
 私って馬鹿だよね。だってこのテープがあれば一生どんな時も寂しさに堪えられると思ったの。だけどあなたが行ってしまって、数ヶ月もしないうちにやっぱり切れちゃったじゃない。朝起きてからと家に帰ってから、実はこっそり勉強中も、もちろん眠りに落ちる瞬間まで、ずっと聴いていたから仕方がないか。だけどバッチリ睡眠学習までしたから、中身は全部私の中にコピーできました。いつか細いドライバーを持って来て、あなたが言っていた通り、セロハンテープで繋いでみようと思っていたの。けれどもう、時と共に劣化してパラパラになっちゃったわ。
 でも平気。あなたの声ならいつも聞こえる。もし今、後ろから名前を呼ばれたって、振り向かないでもわかるのよ。もともとあなたがそこにいるだけで、気配を感じることができるから。だって私は首輪の外れた犬ですもの。


 このテープは次にあなたと会う時、忘れずに持って行きます。想い出のミイラを挟んで向かい合ったら、どうぞ最期のご褒美を下さいませんか。流れた時を遡り、無常の掟に背いたって構わない。壊れそうな少年に戻ったあなたを信じ、全てを委ねるから。消えてゆく私の目の前で、やさしいあなたが上手に繋いでちょうだいね。  
 
         

 




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